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川島芳子、男装の麗人と呼ばれた理由とは [●カルチャー]

この記事は5分で読めます。

"男装の麗人"川島芳子とはどんな人物だったのか
川島芳子が男装の麗人と呼ばれていた理由とは?


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戦前に日本軍とともに活躍した人物、川島芳子の妹であり
中国清朝の粛親王善耆の末子である女性
愛新覚羅顕琦さんが北京市内で亡くなったことが
朝日新聞デジタルでニュースになっていて話題になっていますね。

愛新覚羅顕琦さん(あいしんかくら・けんき=中国清朝の粛親王善耆の末子)が26日、北京市内の病院で死去、95歳。「東洋のマタ・ハリ」と呼ばれた川島芳子の妹。清朝王族の最後の生き残りとされていた。
愛新覚羅顕キさん死去 中国清朝の粛親王善耆の末子 (朝日新聞デジタル)


川島芳子さんとはどんな人だったのでしょうか。
そして、彼女が男装の麗人と呼ばれていた理由とは?

川島芳子とはどんな人物だったのか?



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川島芳子さんは元々中国の皇族。日本人の養子となり、
第二次世界大戦前に日本軍のスパイ・司令官として活躍した人物です。

中国にかつてあった王朝であり、
辛亥革命によって中華民国に取って代わられた王朝である
清朝の皇族として誕生した粛親王善耆の第十四王女です。

1911年の辛亥革命によって国を追われた清朝は
日本に復辟(皇族としての位を取り戻す)運動に協力してもらうため、
そして、日本と清朝の関係をより強固にするために
日本の武官であった川島浪速に芳子さんを養子に出します。

皇族という肩書きが今も昔も女性にとって人気であるように
当時の日本のメディアにも子供の頃からよく取り上げられていたそうです。


日本軍の少佐と結婚して以降、スパイとして活動。

満州国の建国のきっかけになる事件に関わったとされ、
その後、満州国の宮廷の官長に任命され、
翌年には関東軍の軍の一つ熱河自警団の司令官に任命されるなど
元々人気があったところにさらに人気が出て一躍有名となります。

しかし、以降日本の政策に対して批判するようになり、
最終的には軍を抜けて料亭の女将になったと言われています。


しかし、戦後、日本軍に従事していた事から
中国国民党軍に漢奸(売国奴)として死刑扱いに。
各地で逃げ回るも見つかり、最終的に銃殺刑になったとされています。

髪を短く切った姿から、男装の麗人とされ、
皇族出身者という立場からメディアに大きく取り上げられた人物のため
その大きすぎる人気から、今でも処刑をまぬがれていたという
「生存説」が残っている人物です。

”男装の麗人”川島芳子の男装スタイル



そんな川島芳子さん。

自殺未遂をするも、失敗。
その後、突然髪を短く切り、衣服も男装に切り替えたことから
日本と満州のメディアで一躍有名人となります。

そんな川島芳子さんだと思われる当時の画像がありました。

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また、姿だけでなく発言もまた男性的だったとされており、
日本の政策に批判するようになってから、立場が悪くなった芳子さんは
友人である李香蘭と会うことも少しずつ難しくなったそうです。
そんな彼女に宛てた手紙は次のような文章だったとされています。

ヨコちゃん、久しぶりにあえて嬉しかったよ。キミと会うのもこれが最後かもしれん。
振り返ってみるとボクの人生は何だったのだろう。人間は世間でもてはやされているうちがハナだぞ。利用しようとする奴がやたらとむらがってくる。そんな連中に引きずられてはいかん。キミ自身が本当にやりたいことをやりなさい。

人に利用されてカスのように捨てられた人間の良い例がここにある。ボクをよく見ろよ。現在のボクは茫漠とした広野に日が沈むのを見詰めている心境だ。ボクは孤独だよ。ひとりでどこへ歩いていけばいいんだい。
家あれど帰り得ず(川島芳子)


実際にスパイ・軍人としてとして活躍し、
一人称がボクだったりと姿だけでなく心も男装をしている姿というのは
当時としては珍しかったのかもしれませんね。

なぜ男装を好んだのか。その理由は



しかし、なぜ男装を好んだのか。
その理由について様々な説があるようです。

「川島芳子が17才で自殺未遂を起こし、断髪し、男装を始めたのは、養父川島浪速による性的虐待、あるいは強姦があったから」

などと代表的なものがあれど実際のところは全く分かっておらず、
マスコミに宛てた決意文書にも「永遠に女を清算した」と書かれただけで
理由は特別書かれていなかったと言われています。


まるでどこかの少女漫画のキャラクターみたいな人物ですが、
そんな動乱の時代を生きた彼女が未だ語り継がれるというのは
それだけインパクトが大きかった人物なのだということが分かりますね。

時代に翻弄された“男装の麗人”川島芳子。

彼女のエピソードはこれからも語り継がれていくのかもしれません。

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